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環の理   氏家 秀 [詩 Shakespeare Достоевски]

 郵便局の窓口が優しくなった、と言われだした頃に生まれた鷺宮環(さぎみや・たまき)にとって、民営化した「ゆうちょ」の窓口業務をにこやかにすすめることは当然のことだった。だから近所の老婦などに「保健所の受付におる赤福(あかふく)、あんなもあんたを見習えばええのに」などと言われると、トイレの鏡の前でまじまじと小さくて青白い自分の顔を見つめてしまう。生真面目そうで、しっかり者そうで、男が話しかけにくそうな強い眼の光がある。描く必要のない濃い艶やかな眉は、紀伊井田生まれのお祖母ちゃんの云われない話を連想させる。お祖母ちゃんが私生児だったことは事実らしいのだが、難破して流れ着いたトルコ人の血が混じっているという段を思い出すと、ついつい流し目をつくって我ながら飽きれて笑ってしまうのだった。
「えきぞちっく?なんてな」
 環は唇の桃赤みを重ねてトイレを出た。
 母が作ってくれた弁当をひろげようとして食堂に入った時、安田昇(やすだ・のぼる)が販売機の前で待ち受けていた。昇は配達が終わってすぐに駆け込んできたらしく、ヘルメットを抱えたまま幾分か呼吸を乱して、相変わらず痩せぎすの困憊青年そのままに見えた。
 環は同級生の昇が自分にずっと恋心を抱いていることを知っている。だから昇は局内で環と顔を会わせると、きまって眩しそうに眼を伏せる反応を見せた。しかし、その日の昇の眼差しは、怯えてはいたが明らかに牡鹿のものだった。待ち疲れて苛立った鹿の角が自分に向けられている、といった奇妙な迫真が眼前にあっては致し方ない。環は昇の切れ長の眼を見ずに言った。
「今度のお店のことだよね」
 昇は幽霊屋敷の骸骨のように頷いてから、やっと呼吸を継いで発音した。
「そう、局長の誕生日会のこと。あの…このまえのトンカツ屋の二階、あまりよくなかったみたいで」
 昇は一滴も飲めなかったが、飲む機会の店探しには度々駆り出されていた。
「あそこはさ、誰が見たってさ、昇の好みの店だったよね」
「俺は別に、いや、トンカツが好きなわけじゃなくて…」
「胡瓜が好きなんだよね、昇は」
 環は鞭のように言った。高校の廊下でこれ見よがしに「安田の胡瓜?気持ちわる~い」と大らかに言っていた環のままだった。そして昇もあの日の茫然顔のまま硬直していた。
「あたしも胡瓜って好きだけどね、それなりに」
 昇の口許が綻ぶことはなかった。
「昇ってさ、そんなふうでさ、吹奏楽をやってたんだもんねぇ」
 環は鸚鵡に話しかけるほど反応を期待していない。しかし一度濡らしてしまったタオルは、用途に合わせて乾くのを待ってはいられない。むしろ濡らしたタオルに合わせた用途を手繰り寄せて、必要とあらばしっかりと濡らし直す。環はそういう女だった。
 昇は彼女の後を追いながら渇きを覚えてきていた。高鳴る心拍数に合わせて、興奮が体中のリンパ腺を回ろうとしている。環と向かい合うときのこの感覚、朴訥男の変らぬ恋心であれ、すかすかペット吹きの欲望であれ、暇な脳外科あたりは何とかできないものか。普段は豆腐のような脳髄のくせに、若い女と遭遇すると古石鹸のように乾いてきて、環を前にすると発泡スチロールのそれになってしまうのだった。
 環は椅子を引き寄せて仕方ないといったふうに言った。
「それじゃあ、局長の誕生日会は、昇のためにも、イタリア料理なんかどうかな。市内のイタリア料理のレストランでも探してもらおうかな」
「俺の、ため、にも?」
「大丈夫?わからんからといって、駅前レストラン街のありきたりの店じゃだめだよ」
 環はそう言って弁当を包んだジーンズ地のクロスを解きはじめた。同時にあの匂い…花々に包まれた日向の子猫のような匂いが立上った。
 昇はいつもの環の横柄な言い回しにじわじわと動揺していった。
「聞いているの?」
「ああ、そういえば、あの辺にスッパゲッティ屋があったな」
「だから、駄目なの。あそこはパスタ屋でもお子さま向け、昼飯向け、遅くまで飲めるわけがないっしょう」
 昇は頷きながら環の苺一粒が鮮やかな弁当から目を逸らした。
「わかった、探してみるけど、俺のためって、どういう意味かな?」
 環は箸箱を開けた手を止めてしまった。
「怒った?」
「いや、怒るもなにも、俺のためって、俺の何のためかな、と思って…」
「昇のデート力アップのためっしょうが、分かんない?」
「デート力ぅ?デート力か…」
 昇は頷きながらヘルメットを抱えなおして、腕時計を見るような格好でふらふらと食堂を出て行った。

 週末の局長の誕生日を祝う店「ネアポリス」は、局から歩いて二十分はかかった。案の定、足太の女性たちの軽い顰蹙をかうことになった。しかし肌理の粗い漆喰と南欧らしい装飾、そしてアコーディオン演奏のBGMが彼女達を和ませた。主人のロベルトは日本人を妻に持つ生っ粋のイタリア人である。伊勢湾の魚貝を使った料理と安いワインで若い女性に受けている店だった。
「なかなか洒落た店じゃないか、安田、ありがとう」
 局長は昇を右脇に呼び寄せて、大蒜とアンチョビが混じった息のまま言った。
 昇は一口飲んだワインでしっかりと酔ってしまい、半睡状態の眼で壁に架かった大蒜の輪飾りを見つめながら頷いた。
「鷺宮さん、じゃなくて、仕事が終わったから環ちゃん、例のあれ、河原田の御曹子はどう?駄目ぇ?」
 すでに局長の左に呼び寄せられていた環は、グラスを置いて叩く真似をしながら言った。
「もう、あんな蝦蟇蛙をあたしになんて…ひどすぎますぅ!」
「蝦蟇蛙って言ったってさ、金持ちなんだから多少の不細工は…なぁ、そう思うだろう、安田」
 昇はまた壁を見つめたまま頷いた。環と局長も壁に何かを探しながら眉をひそめる。環は吐息を飲み込んでから所長の膝を叩いた。それからしばらく二人で戯れあっていた。
 宴も終わりのころ、気がつくと局長は店を手伝っているメリルとカウンターで歓談し続けていた。メリルはハワイからの留学生である。彼女は肥えていて二重顎の上のやたら赤い唇を休ませず話していた。局長も好みなのかメリルの腕をさすりはじめていた。主人ロベルトは割り込むようにして言った。
「キヨクチョーさん、ナポリにも、彼女のような女の子、いっぱいですよ」
「それはそうだろうな、こんなに美味いもん食ってさ、ワイン飲んじゃってさ…」
 局長はそこまで言いかけて振り返り、席で伸びきったようになっている昇と目が合った。据わってしまった虚ろな視線だった。局長は不気味な視線から目を逸らして、メリルのむき出しの肩のあたりで逡巡した。そして急に醒めたようにグラスを持ってメリルに言った。
「じゃあメリル、今度は約束どおり…メリルークリスマスってか!」
 局長は唖然とするロベルトとメリルを尻目に自分の席に戻った。そして残りを一息に飲み干してから昇に向かって言った。
「安田、保健所の直ちゃんのことだが、一度ぐらいお茶に誘ってみたのか?」
 大皿を受け取るメリルを見ていた昇は不意を突かれて驚いた。
「えっ?保健所の…ああ、はい、直子ですか…」
「だから、彼女をお茶ぐらい誘ってみたのか、とお聞きしているんだよ」
 昇は後退るように首を横にゆっくりと振った。
「あの子はいい子だよ、赤福だろうが何だろうが。おまえも彼女の一人ぐらい…だいたいだな、おまえ、ひとりの女を本気で好きになったことがあるのか?」
 昇は一瞬たりとも逡巡せずにまた首を振った。
「なるほど、恥ずかしいとは思わないか?」
 昇は切れ長の目を被せ重ねるように伏せた。局長は酔った勢いでの言を後悔した。そして昇は濁りが沸き上がるように天井をゆっくりと見上げて言った。
「恥ずかしいと思います」
 音楽も止んでいたところへ鈍重な静けさが広がった。局長は環の方へ向いて空のグラスを呷った。見れば環は声をたてずに笑っている。しかも空の壜にフォークを姦しくぶつけている。そしてはしたない口許に静脈の浮いた手が添えられた。
「だって…分かっているようなこと言っちゃって、見えない男のくせに」
「見えない男?」
 局長に続いて昇もぼんやりと聞き返した。
「見えない男?」
「そう、郵便屋さんは見えない男、なかでも安田さんは、立派な見えない男」
 環は英文の教材だった短い探偵小説を面倒そうに話して聞かせた。
 それは若い男がケーキ屋の店番をしている女の子に結婚を申し込むという始まりだった。女の子は受諾するにも難問を抱えていた。ある正体不明の男がずっと横恋慕していて、以前から脅迫めいた手紙を店先に投じたりしていたが、最近になって垣根越しに醜悪な形相を作って待ち伏せたりもしている、ということで悩ませていた。そして相談を受けた探偵役の神父が駆けつけても男の実体を捉えることができない。結果、神父が取り押さえたのは郵便配達夫だった。どこにでも出没して気にもとめられない存在、それは郵便配達夫である、という愚弄したような落ちである。しかし独特な文体もあって詩情味を深めていて環の心象に残っていた。
「この話を研修の後の昼食で課長に話したんですよ。そうしたら…でもなあ、誰でも小説の中にね、自分と似た奴をひとり二人は見つけだすものさ、なんて気取っちゃったこと言って」
「あの阿呆課長さまがね」
 局長は同期の茶化され様を想像して高笑いをしてみせた。しかし呑みこまれるように静寂が置かれた。環は男性局員たちが醒めた目で我が身と対面しているのを見てとった。
「あたしも最初に読んだときは馬鹿ばかしくて笑っちゃった」
 昇は小説の単純な落ちを理解しえてから肩をぐんなりと下げていた。
「そんなにがっかりしないの、今更」
 褒められた郵便配達夫の話ではなかったので、誰もが複雑な面持ちで照明の革張りの傘などを見上げていた。環は焦りにも似た憤慨が胸中にわだかまって、メリルに向かって空の壜を掲げて追加注文しようとした。局長は慌てて腕時計を見て言った。
「もう時間も時間だからさ…最後に環ちゃんから我々、郵便屋さんを戒める話も出たところで終わりにしよう。今日は有難う」
 環は不服そうな頬をすぼめるしかなかった。
「しゃあない、安田さん、お会計タイム!」
 局長はしっかりした足取りで帰っていった。環は先輩の女性局員を気遣いながら出て行った。
 昇は集めていた金を支払い終わって水を何杯も飲んでいた。豊満な胸が現れて領収書を差し出す。メリルは水を注ぎ足しながら微笑んだ。
「大丈夫ですか?近くですか?」
「ああ…寮だよ。歩いて行くから大丈夫」
「そこに座っていた彼女、可愛いですね」
「彼女?環か…」
 メリルは赤毛を揺らして微笑みながら親指を立てた。
 昇は領収書を財布に収めてふらふらと外に出た。すると大通りに出たところで、随分と待っていたような環が街路樹にもたれていた。
「待っててみた。任せっきりで、しかも見えない男とか、言いたいこと言ってたからね」
 環は素早く言ってから歩きだした。昇はあんぐりと口を開けたまま環の後を追った。
「昇ってさ…」
 昇は環の言葉をほとんど聞き取れなかった。
「昇!聞いてる?後ろついてこないで横を歩きなよ」
 昇がおずおずと左側に並ぼうとすると、自転車に乗った酔っ払いがぶつかりそうに擦過した。
「昇ってさ…好きな人いないの?」
「またその話しか」
 昇は言ってしまってから酸い息を呑んだ。
「生きていて楽しい?」
 これが環なのだ。昇の生活のフレームの内で不規則に飛びまわる蝶。その存在が時として煩わしいものの、家族や友人と区別されうる真新しい紺の制服のような存在。昇は環に対しての小さな怒りの一つ一つを考えるまでには至っていなかった。
「キスしたことないよね?」
 聞き慣れた音階の世界の崩落は突然にやってくる。環は時として無粋で猥雑な言葉を凛とした滝音のように降らせる。
「あのさ、誰かにキスしてほしい、とか思ったことある?」
 昇は聞き返した。
「え、誰かに、なんて?」
「誰かに、いい?誰かにキスしてほしい、と思ったことはないの?」
 昇は切符か小銭をなくしたときのように混乱した。
「誰かに…それは…」
 環はちょうど信号が変わったので地団駄ふんで言った。
「誰かを好きになったとかじゃなく、誰かにここ、自分のここ、頬っぺたにキスしてほしいと思ったことないの?」
 昇は両手で麻痺したような頬骨を揉み上げながら呟いた。
「キスか…してもらいたいと思ったこともないし、それをしたいと思ったことも…」
「ないの?」
 昇は腰をひきながら頷くしかなかった。
 環はまた声にならない笑いで前傾姿勢になって歩いた。そして分かれ道となる所で爪を噛みだした。思案した挙句、環はキーボードをうつ真似をしながら首を傾げた。
「メールでもやってみる?」
「鷺宮と?」
 環は悲しそうな顔でまた声をたてずに笑いだした。
「あたしって可哀想!なに言ってんの、昇、あそこ、ネアポリスのメリルとよ」
 昇はよろめくように寮の方へ歩きかけながら明確に言った。
「あんな太っちょ、外国の女なんか好きになれないよ」
 環はついに声を出して笑いはじめた。そして「外国の女ときたわ」を繰り返して右腕を振りまわした。折りよくタクシーが止まった。
 昇は乗り込む環の臀部を見送っていた。ドアが閉まると環は華奢な肩の上でまだ笑っている。走り去って二つのテイルランプが見えなくなると、昇の胸奥に「キスをされる」と「キスをしたい」という二つの言葉が浮かんだ。昇は額の後ろで二つの言葉を繰り返しながら寮の方へ帰って行った。

 電子メールという用語が、Eメールという用語にとって代わられた頃、昇は紺青のプラスチックを透して内部が見える流行りの「iMac」を購入した。
「メールでもやってみる?」
 昇は環が流し目をしながら言った言葉を思い出していた。メールをやるなら洒落たパソコンがいいと電器屋で勧められた。たしかに局内に居並んでいる薄鼠色のモニターから離れて寮に帰ってみると、随分と今まで形や色にこだわらなかった自分がいたことに気がつかせられた。
 昇が恐る恐る名古屋市内の男女とメールのやりとりをはじめた頃だった。
 環が受領証を整理している昇の机に青筋立った白い手をおいた。桃色の爪の間にグレイのメモ用紙が挟まれている。昇は小さく息を呑んで見上げた。
「ごくろうさま、メールやっているそうだけれど、どう、調子は」
「ああ、今度、グランパスの試合を見に行くかも…」
「グランパスの試合か、いきなりやるじゃない」
「だけど…実際に行くかどうか迷っている」
 環は臨席の椅子を引き寄せてメモ用紙を手の中に握りこんだ。
「あたしらしくストレートに聞くけれど、あまり可愛い子じゃないの?」
「可愛いも何も…ちょっと若いんだな」
「若い?いいじゃない、二十歳くらいとか」
 昇はあたりを見まわして声を唸るように低めた。
「高校生みたいなんだ」
 環は握りこんでいたメモを眼の高さに放り上げた。
「やるもんだね。その子はその子で十八歳以上だとかいってメールを寄こしたんだ?」
「いや、趣味の仲間でメールをやってて…グランパスを応援する仲間が紹介してくれたんだ」
 環は首を傾げながらメモを弾くように広げていった。
「大丈夫なの?お金がほしいとか…寝てもいいよとか、そのへんのこと言ってない?」
 昇は珍しく上目遣いに環を睨みつけた。
「まだ会ったこともないし…その子が売春しているってきまっているわけじゃないし」
「ごめん、そりゃそうだね」
 環はそう詫びて座り込んだような安堵を感じた。
「グランパスか、楢崎かっこいいもんね。でも名古屋ね…メールやるんだったら名古屋ってちょっと近くない?」
「そうだね…でも、近ければ会えたりするし」
 環は頷きながら腰を浮かせかけた。しかし皺くちゃのメモは単純に存在を主張している。しかも環と合わせられない昇の視線はそこに焦点をつくっていた。
「あたしってお節介かな?煩くない?」
「そんなことないよ」
「だったら、ストレートにまた言うけれど、そう、もっとストレートにやってみたら?だいたいメールなんてさ、そもそも女の子とキスしたいんでしょ?」
 昇は痺れが走ったように反り返った。
「キ…したい、ってそんな…手紙と同じだからさ」
「だからサッカー仲間にしても女の子と直接やればいいのよ」
「そんな…いきなりは…」
 環はくしゃくしゃのメモを机上に叩きつける様に置いた。
「よかったら、このアドレスの子とやってみない?昇のことだからそんなことじゃないかと思って、調べてきてあげたんだ」
「女?」
「京都の女の子だよ。からかっているわけじゃないからね。このアドレスなんだけど読める?」
 環がふわりと近づいて指がメモの上を小刻みに動くと、あの日向猫の匂いが何度も昇の鼻をかすめる。昇はお節介でいい匂いだ、と思った。そして局長の渋い顔が環の背後に現れるまで環の後れ毛の精妙さに見入っていた。環が意地悪そうな笑みを残していなくなると、昇はメモを丁寧に折りたたんで何故か財布の千円札の間に押しいれた。
「やめとけ、京都の女は、その…薄情だぞ」
 独身寮の森閑たる夜、向かいの部屋の先輩は躊躇しながら言った。先輩がそう言って股間を掻きながら昇の部屋を出て行ったのは十時だった。
 昇はやっと独りになると古紙のようになったメモを財布から取り出して鼻に近づけた。あの匂いはしない。あの匂いがしなければ一変に腐りたくなる。一瞬だが日々のすべてを宛名不明扱いにしたかった。
 アドレスのIDは「kyоjyо‐P16@××」とある。
 先輩はこうも言っていた。
「キョウジョっていうのは京都の女のことで、狂った女のことではないだろうなあ」
 昇は乾いた笑いを洩らすしかなかった。そして暫くアドレスが書かれた皺くちゃのメモを凝視していた。
 環は「からかっているわけじゃないからね」と言いながらも、環らしく軽くからかっているのだろうか。それとも同級生「安田の胡瓜」ことを思ってメモをくれたのだろうか。少なくとも高校時代のまま胡瓜のようで気持悪いと思っているにしても、心底嫌悪しているのであれば昇がメールを誰としていようと関知しないだろう。それに…「キスしたことある?」とか「キスしてほしいと思ったことある?」などと聞くわけもないだろう。そうだ、大なり小なり環が自分を気にかけていることは間違いない。昇は環にとって「見えない男」ではないのだ。これが環の気持ち、あの環の本心、いや、一抹の期待を抱かせるような女心など環には似合わない。これは環ならではの理(ことわり)なのだ。
 昇が京都の女のアドレスを打つまでにはそれから半時を要した。

                                       了
現代代数学概論 (1967年)

現代代数学概論 (1967年)

  • 作者: ガーレット・バーコフ
  • 出版社/メーカー: 白水社
  • 発売日: 1967
  • メディア: -



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