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Datda方怪   氏家 秀 [Malraux Camus Sartre 幾何]

 Q以来のウルトラ神話は、演義なる数多の神話の高峰に位置することになろう。そして流転の象徴として、神聖への犠牲として数多の獣たちは数多の星々と同位に目されるだろう。グラスの底に顔があってもいいように、ウルトラ怪獣のうちに爬虫類や昆虫とは明白に線引きされた、盆踊りの段ボール仮装のようなダダがいてもいいじゃないか。

 ダダよ、おまえは怪獣ではなくて宇宙人、怪人なのだと人はいう。
 人間というものは本当に面白いものだ、というドイツ人相手の商談延期の終わり口上みたいなことを思わず書いてしまう。TVが、テレビジョンが壊れてしまった。修理は立て込んでいるので明日になってやってくるという。久々に、とてつもなく久しくテレビを見ない一日が過ぎようとしている。サラリーマン時代の多忙な折でも、出張先のホテルにはテレビは当然にあったし、ひどい風邪で寝込むしかない状態でも、ぜいぜい言いながらテレビのリモコンに指を掛けていた。日本人らしいことを言えば、水の次にあたりまえにそこにあるテレビがなくなったのだ。殊勝にもというか、締め切りの日付が寝ても覚めてもちらつくばかりの日々なので、仕事ができていいわな、などと呟いてしまった(実際には古本の入れ替えの果てに熱中症擬態でお昼寝)。一般には四角くて黒い方形がいつも黙ってそこにいる。安部先生の箱男ではないが、世界中に散らばるテレビがダダに、肩すかしばかり喰らわしているダダが、サルトル先生のマロニエの根っこのように普通にただあるテレビに見えてくる。

 グロテスクで健康で情熱的な人間こそが人間の代表なのである…あとは和尚の空騒ぎ。

 父ちゃん、しばし白秋の暮れの拙い筆に苦笑いしてください。愚息は、いつも桂川の見晴らしよい堤に、貴方に似た愛嬌ある目配りの朴訥な蒼鷺アオを探しています。さほどの爽姿が柄に合わぬというならば、松尾橋の下で学生のパーティ残りを待っている鴉のクロはどうでしょう。
 報告します。本日、午後三時、姪が無事、男子を出産しました。父ちゃんにとって至宝ともいえた孫が、帝王切開にて男子の曾孫を出産したのです。姪の挙式の五年前に逝かれた父ちゃんは、これを聞いてどのような顔をされるでしょう。クロのように飄然と頷かれるだけでしょうか。それとも、アオのように夕の捕食にかこつけて跳ねてみたり…。
 私は京都に居をかまえてから仏教的になったわけではありません。母と姉を連れて菩提の本山にあたる仁和寺へ伺ったおりも、よく掃除された本堂のどこにも貴方の気配を感じませんでした。もっとも、あのときは桜満開の春でしたので、貴方もお留守で当然だったかもしれません。ともあれ、クロやアオ、今朝生まれたばかりの彼、そして逝ってしまって久しい父ちゃん、これらの圧倒的な奇跡が人を仏教的にするのでしょう。
 親孝行したいときに親はなし、仰せのとおりです。しかし孝行はさておいて、逝かれてみないと分からない流転があることも然りです。おそらく死は隣の部屋への段差ある敷居なのでしょう。注意していないと爪先は痛いものです、躓いたそのときは。
 父ちゃん、この奇跡という以上の奇跡を目の当たりにできることを感謝します。そして本日、父ちゃんが関わる御業によって、彼が人として生まれてきたことについて、貴方の休むことのない祈願を慰労します。永久に黎明と同様にお過ごしください。

 ノルウェイ・ブック・クラブが選んだ世界の傑作一〇〇とかいうものがあるそうで、小説や戯曲の創作からの逃避としてざっと列挙すると、《アメリカ》ラルフ・エリスン『見えない人間』ウィリアム・フォークナー『アブサロム・アブサロム』『響きと怒り』アーネスト・ヘミングウェイ『老人と海』ハーマン・メルヴィル『白鯨』ウラジール・ナボコフ『ロリータ』トニ・モリソン『ビラヴド』エドガー・アラン・ポー『短篇集The Complete tales』マーク・トウェイン『ハックルベリー・フィンの冒険』ウォルト・ホイットマン『草の葉』《イングランド》ジェーン・オースティン『高慢と偏見』エミリー・ブロンテ『嵐が丘』ジェフリー・チョーサー『カンタベリー物語』ジョセフ・コンラッド『ノストローモ』チャールズ・ディケンズ『大いなる遺産』ジョージ・エリオット『ミドルアーチ』D・H ロレンス『息子と恋人』ドリス・レッシング『黄金のノート』ジョージ・オーウェル『1984年』サルマン・ラシュディ『真夜中の子供たち』ウィリアム・シェイクスピア『ハムレット』『リア王』『オセロ』ヴァージニア・ウルフ『ダロウェイ夫人』『燈台へ』《フランス》オレノド・バルザック『ゴリオ爺さん』アルベール・カミュ『異邦人』ルイ・フェルナンデス・セリーヌ『夜の果てへの旅』ドゥニ・ディドロ『運命論者ジャックとその主人』ギュスターブ・フローベル『ボヴァリー夫人』『感情教育』ミシェル・ド・モンテーニュ『エセー』マルセル・プルースト『失われた時を求めて』フランソワ・ラブレー『ガルガンチュワ物語』『パンタグリュエル物語』スタンダール『赤と黒』マルグリット・ユルスナール『ハドリアヌス帝の回想』《イタリア》ジョヴァンニ・ボッカッチョ『デカメロン』ダンテ・アリギエーリ『神曲』ジャコモ・レオパルディ『カンティ』エルサ・モランテ『History』オウィディウス『変身物語』イタロ・ズヴェーヴォ『ゼーノの意識』ウェルギリウス『アエネイス』《スペイン》ミゲル・デ・セルバンテス『ドン・キホーテ』フェデリコ・ガルシア・ロルカ『ジプシー歌集』《ドイツ》アルフレート・デーブリーン『ベルリン・アレクサンダー広場』ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ『ファウスト』ギュンター・グラス『ブリキの太鼓』トマス・マン『ブッデンブローク家の人々』『魔の山』《アイルランド》サミュエル・ベケット『モロイ』『マロウンは死ぬ』『名付けえぬもの』ジェイムス・ジョイス『ユリシーズ』ローレンス・スターン『紳士トリストラム・シャンディの生涯と意見』ジョナサン・スウィフト『ガリバー旅行記』《ポルトガル》フェルナンド・ペソア『不穏の書、断章』ジョゼ・サラマゴ『白の闇』《デンマーク》アンデルセン『アンデルセン童話集』《ノルウェー》クヌート・ハムスン『飢え』ヘンリック・イプセン『人形の家』《スウェーデン》アストリッド・リンドグレン『長くつ下のピッピ』《アイスランド》ハルドル・ラクスネル『独立の民』『ニャールのサーガ』《オーストリア》ロベルト・ムージル『特性のない男』《ルーマニア》パウル・ツェラン『パウル・ツェラン全詩集』《チェコ》フランツ・カフカ『短篇集The Complete Stories』『審判』『城』《ロシア》アントン・P・チェーホフ『短篇集Selected Stories』フョードル・ドストエフスキー『罪と罰』『白痴』『悪霊』『カラマーゾフの兄弟』ニコライ・ゴーゴリ『死せる魂』レフ・トルストイ『戦争と平和』『アンナ・カレニーナ』『イワンイリイチの死』《ギリシャ》エウリピデス『メディア』ホメロス『イリアス』『オデュッセイア』ニコス・カザンザキス『その男ゾルバ』ソポクレス『オイディプス王』《メソポタミア》『ギルガメシュ叙述詩』《メキシコ》ファン・ルルフォ『ペドロ・パラモ』《アルゼンチン》ホルヘ・ルイス・ボルヘス『伝奇集』《コロンビア》ガブリエル・ガルシア・マルケス『百年の孤独』『コレラの時代の愛』《ブラジル》ギマラエス・ローサ『The Devil to Pay in to the Backlands』《ナイジェリア》チアヌ・アチェベ『崩れゆく絆』《スーダン》タイーブ・サーレフ『北へ遷りゆく時』《エジプト》ナギーブ・マフフーズ『ゲベラウィの子供たち』《インド》カーリダーサ『思い出のシャワンタラー』『マーハバラータ』『ラーマーヤナ』『千夜一夜物語』《イラン》サーディ『果樹園』《イスラエル》『ヨブ記』《アフガニスタン》ルミー『アスナヴィー』《中国》魯迅『狂人日記』《日本》紫式部『源氏物語』川端康成『山の音』と、まあ、こんなものだ。我が文学一〇八なる煩悩に重なるものあれば、適当にして収まりがいいだけのものもある。しかし生真面目な北方らしい選択は嫌いではない。

                                        了
ビラヴド (集英社文庫)

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  • 出版社/メーカー: 集英社
  • 発売日: 1998/12/15
  • メディア: 文庫



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